2009

No.4

埼玉放射線

■巻頭言

 「漱石と佐藤氏に学ぶ」


埼玉県放射線技師会  副会長 堀江 好一




  「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

 これは去る5月30日、第24回社団法人埼玉県放射線技師会定期総会にお招きした佐藤幸光先生(社団法人地域医療振興会医療安全推進室長)の講演で最初に紹介された、夏目漱石「草枕」の一節だ。講演は「放射線部門活性化のためのチームビルディング」というテーマだった。 冒頭の「草枕」の一節は人の世のわずらわしさを表現したものだと云われている。「道理や意地を通そうとすると人間関係がぎくしゃくする。人に情けをかければ引きずられてしまう。とかくこの世は住みにくい。」という意味のようだ。私はこれを聴いたとき、まさに“現代社会に翻弄されている浅学な自分”の気持ちを代弁してくれている!と思ったら、この小説は1906年に発表されたものだそうで、人の世というのは今も昔も変わりはないということをあらためて悟った。

 私の周囲には「やる気のある優秀な技師」と評されるような知り合いがたくさんいる。しかし、彼らだって何もかもが上手くいっているわけではない。“智に働けば角が立つ”を実感している人が多いのも事実。情に棹さして流されている人なんて皆さんの周囲にもたくさんいるだろう。というより流されている人のほうが多いかもしれない。
 私自身、気持ちに波があるので、智に働いている(つもりの)時もあれば、流されてしまう時もあるし、時には意地を通していることもあるだろう。けた外れに強い意志を持つ人を除けば個人の力というのは所詮その程度のものなのだろう。


 では、“組織”はどうなのだろう。組織がそんなにフワフワと漂っていたら、理念も理想も持てないし、前に進むこともできない。個人の力を最大限に引き出すことによって組織として良い結果を生む。そのために様々なマネージメント理論や技術が存在するのだと思う。個人は組織のために存在するわけではないし、その逆でもない。個人の“智”の集結の結果が組織の力になるのだ。組織であれば、ある人が流されているようなときも、別の人が“智”を提供することで組織全体を支えていける。そうやって人と人が支えあうことで組織は活性化され前進できるのだと思う。組織の発展に“智”は欠かせない。
 ある研究会で耳にすることがある。「職場で思い通りにならないことが多く、仕事に対するモチベーションが下がってしまっても、ここ(研究会)に来ると、頑張ろうという元気が湧いてくる。」 組織はそういうものであって欲しいと思う。


 ここまで佐藤先生の具体的な講演の内容はまったく紹介していないが、具体的でとても内容が濃く、部下を持つ人には是非とも聞いて欲しい講演だった。近いうちにもう一度お呼びしてマネージメントセミナーを開催したいと考えている。 

 ところで、「草枕」には続きがある。「住みにくさが高じると、安いところへ引き越し
たくなる。どこに越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり、向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりなお住みにくかろう。」 ……さすが大文豪だ。