2009

No.3

埼玉放射線

■巻頭言

 「散歩のついでに富士山に登った人はいない」
埼玉県放射線技師会  会長  小川 清
 最近読んだ本の中に「散歩のついでに富士山に登った人はいない」という言葉を見つけた。日本一の富士山に登るには,それなりの装備や準備が必要です。準備には足の運び方や筋肉の訓練など登山に必要な技能や体力など見えない部分の貯金が大切であることは,登山の素人でもわかります。富士山の頂上に立てる人というのは,富士山に登ろうと強い意志をもって歩いてきた人だと著者は言います。

イチロ−は打席に向かう前に入念に屈伸運動を行い,素振りをしてから打席に入る。そしてスタンスを決め,また素振りをし,ユニフォームの肩を摘み,投球を待つ。毎回毎回その動作は一分の狂いもなく同じように行われる。もちろん球場だけでなく,生活すべてが野球に向かって自己管理している姿勢は本当のプロである。

法隆寺の大修理をした宮大工の故西岡常一は,人にものを教えなかったらしい。修行中の若者に対し「自分で考えなはれ」「学校の先生やない」が口癖だったそうだ。若者に「仕事場を掃除せい」とそれしか言わない。そこで掃除だけを一生懸命している若者は上にはたてない。掃除に当たって,どのような道具が,どのように整理されているか,あるいはそこにある図面を見る機会を得て勉強する若者は成長する。御褒美に「かんなくず」を一枚渡され,それで喜んでいるだけの若者と,それを窓ガラスに貼って,同じくらいになるまでかんなで木を削ることを繰り返す若者では差がついてくる。こんな偏屈な職人気質には避けたい気持ちを感じる一方で,技術教育,技能教育の原本と評する人も多くいるのも事実であり,たまには,ゆったりした別の流れに浸ってみるのもよい。

放射線部門では,あらゆる装置のデジタル化,IT化により我々放射線技師も検査技術だけでなく新しい知識や技術が急速に求められるようになりました。過去からの熟練や経験が生かされにくい世界になりつつあります。しかし,何のためにデジタル化するのかという基本原則を忘れると,IT化のためのIT化になってしまいます。例えば二重造影法の技術を新しいデジタル技術に展開するには,今まで築いてきた技術も不可欠なのです。過去を現在に融合させ,未来に生かすことが我々の使命です。

因果倶時という言葉があります。「因果倶時とは,原因と結果は常に一致するものであり,未来の結果も,今日の自分の積み重ね」というお釈迦さんの言葉だそうです。

本会の会長職3期目を迎えた。日々が毎日同じ繰り返しに感じられたとしても,今後行き詰まってしまっても,会員の皆様の支援を受け,理事全員と協力し一歩一歩歩いていくつもりです。たとえ散歩みたいと言われようが,心に中に炎を燃やしつつ一歩の運びを真剣にやっていきたい。